スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

さらにその後の展開

iMacごときで話を引っ張るのも馬鹿馬鹿しいのだけど、いっぺんに書くのもそれなりに大変なので、結果小分けになってしまうと言う次第で、何かの間違いで呼んでしまった人には申し訳ないおーい。呼んでませんよー。

さて、新しいiMacを手にしたワタクシは、あれ?ワシだっけ?まあいいや、どっちでも。ワタクシは、いそいそと仕事場に持ち帰り、箱を空ける。そして、ネットワークに接続すると、昨今便利なユーティリティ、「意向アプリケーション」なるものを自らの意向によって開いてみる。そうして、意向元の求愛マックを愛してるよーとばかりに呼び寄せると、中のデータをおもむろに吸い出すという趣向。ディープな関係になるっつぅわけで。

いや、世の中便利になったもんだね、と感心するも束の間、終わったと思い中身を確認すると、ちーとも移行されていない。どころかこのまま使ったら、ワタクシのこれまでの苦労は水の泡。何もかも過去が消えてしまうという事態が待ち受けている。結局の所、相手のOSが古いので上手くいかないということなのか。

まったくOSというのは常々罠だと思う。プリンターもアプリケーションもちょっと隙を見せるとOSがサポートされていないから新しいのに白だの黒だの注文ばかり。この世界はあくまでも技術中心。顧客はそれに付いていくように自助努力を迫られるという構造なのですな。永遠に貢ぎ続ける技術宗教。自動献金システム。

ともあれ、求愛マックから吸い出されたデータだけでは到底移行できないので、仕方なしに一つずつ取り出すことにする。といってもどれが必要でどれが不要なのか、OS9の頃にはよくやったものの、X以降では今回が初めて。疲れるので、翌日に改めてやることにして、やや大きめのデータコピーを仕掛けて帰宅。そして事件は翌日に起こる。

朝仕事場にやってきて、前日に放置しておいた求愛マック愛してるよをいったん再起動させてから再度仕事に取りかかろうなどと思ったのがまず間違い。

再起動が止まらない。

ロマンチックが止まらない、という古い歌のタイトルで喜ぶのはアナル王子ことムラムラ王子だけで、こっちはちっとも楽しくない。しばらく放置して見るも、いっこうに改善の気配がないので、仕方なしにアップルのテクニカルサポートに電話。昨日あれほど気分のよかったアップルストア、もちろんテクニカルサポートも気持ちよく応対してくれるに違いない──とおもったのが大間違い。

例によってプッシュ操作で一番を押せば何だの、二番を押せだの、面倒な手続きの後出てきたのがミス電話口。さあ聞いてくれ、オラのトラブルとばかりに今まさに質問せんとするその機先を制するかのように、

まずフルネームを言え、製品のシリアルナンバーを言え、未登録だから今から登録する、ついてはメールアドレスを言え、ともかくまどろっこしい。

こちらの質問はいたって単純。

再起動が止まらないけど、これってどういう清浄?六根清浄?

てなもの。なのに、あまりに手間取るので思わず聞いた。

「あの、この面倒な手続きをやらないと質問に答えてもらえないの?」

無意味だと解っていても嫌みの一つも言いたくなる。

「こちらが質問したい事って凄くシンプルなことなんだけど。」

むろん向こうはマニュアル通りで質問は無効。

ようやく、応対の体制が整い、さらに症状についていくらかのやりとりの後、ミス電話口の答え。

修理に出せ。付いては4万何千円一律かかる。

そんなにかかるのか、と唖然とするも、宅急便で取りに来てくれるという。仕方ない、この際修理に出すか。新しいのを買うよりも安いし。

──とそこで思い出された昨日の言葉。

「また遊びに来て下さいね、ね、ね、ね(エコー付)」

おお、そうだ。アップルストアに直接持ち込めばよいのである。少なくとも宅急便で送ったり返されたりの時間ぐらいは短縮できそうである。しかしミス電話口はなお粘る。ねばねば。

お持ちになるのはいいですが、むしろ高く付く場合もありますよ。

ええいくどいわ。そんなに簡単に何万もはたくのは嫌である。まずはアップルストアで直接交渉である。

そうしてミス電話口を電話口においたまま、アップルストアに連絡。やはり応対は圧倒的にこちらの方が素晴らしい。とても同じ会社とは思えないぐらい気持ちがよい。何とか時間を都合してくれて当方の求愛マックを見てくれると言うことになった。有り難い。

で、その結論──実は持って行く直前にこちらも気付いたのだが折角なので確認も含めて再訪することにしたのであるが、システムの不具合。

単純にシステムの再インストールで済むという次第。

おい、ミス電話口。何が4万円だコラ。

事のついでに、解らないこともアップルストアで教えてもらい、実際、このままでもデータの移行だけなら可能であるという話も教えてもらう。その場合キーボードのTを押しながら起動する事が必要で、そうすることによって、システムを無視してハードディスクとして認識されるのだそうな。知らなかった。勉強になった。素晴らしい。

出来ればファイヤワイヤケーブルでつないだ方がいいというので、この際購入というわけで出費額数千円。診断料など一切無し。保証期間外だの何だのという面倒な話も一切無し。

どういう事だミス電話口。

斯くして諸々の秘伝を伝授してもらって、またまた玄関口までトラブルの種の求愛マックを運んでもらい、実に好もしい笑顔で送り出してもらうという高級ブティック状態。

その後ちゃんとデータの移行が出来たのは言うまでもない。

アップルはテクニカルサポートよりも直営店の方がはるかに優れているというお話しでありました。

ちなみに、その後iPhoneでもトラブルがあったので、iPhoneのテクニカルサポートにも電話してみた。そちらはよく似た症状のトラブルがあるのか、非情に真っ当な応対でありました。ひょっとするとミス電話口だけがダメだったのかもしれない。

まあしかし、こんなに長々と書くような話じゃない罠。いや失敬失敬。

その後の展開

しかし何というか、足くんの仕事の効率を上げて、ワシ自身は高みの見物を決め込むために、ワシのお古のMacを譲ろうと新たなMacを、それこそ清水の舞台から飛び降りるような気分で大枚をはたいたわけである。しかし実際清水の舞台から飛び降りて無事だった人間などいるのだろうか?いやいるわけがない。

左様。

届いたiMac。午前中姉弟の宅急便。午後には兄妹になる。

午前に届くと思って心の準備も万端に、ひとたび宅急便屋がやってくるやいつでも飛び出せるように玄関先で体制を整える──まつこと15分、20分、1時間、2時間、3時間。

おい、もう昼時じゃねぇか。仕方ない、これは明日の午前だろう、というあきらめとともに、所用で出かけようと思った矢先。外からトラックの停車音。いやいやこれは同様に頼んでおいた通販のコーヒーだ。いつもおいしいコーヒーを届けてくれる、岐阜の山田珈琲からの豆の配達である。

と思いきや、ギー、と扉の開く音。おおやっぱり待ちかねたiMacじゃないか──というわけで豆と同時到着だったという次第。

さて、所用を済ませて夕方戻り、いよいよ開梱、そしてセッティングである。電源コードをつなぎ、狭い机に威風堂々乗せられたiMacのスイッチを入れてみる。

・・・

あれ?音が鳴らない。もう一度スイッチを押す。

シーン。

おい、これはひょっとして・・・。電源がダメなのか?

電源を変えてみても、古いiMacの電源を用いてもやっぱり起動しない。

こ、これは・・・。
 
時間を見れば夜八時を回らんかという時刻。うむ、アップルの直販店は夜九時までの営業。電話をしてみよう。

──それから15分後。ワシはApple Store名古屋栄点で点になっていた。

原因は製品不良であった。

何という確率。なんだかアタリに当たったような、ハズレを引いたような複雑な気分。ともあれ、Apple Storeの悲情に丁寧にして迅速な対応に何とも有り難い心持ちになりつつ店を出たのであった。電話では解らないから持ってきてください、という的確な判断。愛想のいい店員さん、マネージャーさん、トラブルで何となく不安な顧客、しかも通販で買った自業自得のような客に対して、自分たちの責任としてしっかり受け止める意識の高さ。

ああ、ワシも見習わねばならん。ワシはいつも傲慢であった。

そんな小さな事で心配するなんて心配する方がおかしいですよ。

そんな態度は微塵もない。心配を引き受けて返してくれる。色々な可能性を検証して答えてくれる。

素晴らしい。そして、最後、交換した新しいiMacを手に、店先に送り出してくれる。ああ、こんな高級ブランドショップのようなこと、してもらったことがない。愛想のいい店員さんが別れ際に一言。

「また遊びに来て下さいね」

おお、何という気安さ。この細やかなサービスに対して、なんという心やすさ。

ああ、ワシはまた行くよ。何も買わなくても行くよ、Apple Store。

──しかし、そのときのワシには、その言葉の暗示的な意味を毫も理解していなかったのであった。

続く

やけっぱち

やけっぱちである。

この日記も放置されて久しい事になっていた。どれぐらい放置されていたかというと、ざっと二月半。

光陰矢のごとし。

いささかありふれた感想ではあるが。

その間ワシのフトコロ事情は悲惨を増しつつあるのだが、しかし、そんな事に気を取られていては日々ユカイに生きてゆくことなど到底能わない、ゆえ、そのフトコロ具合についてはしばし忘れようかと思う次第。

さて、そんなフトコロ具合なのに、足くんと来たら、自分の使っているiMacが遅い遅いと愚痴をこぼす──というわけではないのだが、作業が遅いので、

ぐらぁ!

と怒ると、

いや、コンピュータが遅いのでちょっと手間取ってまして・・・

などと自分の無能力を棚に上げて機械のせいにしたりする。

なぬぅ!!?一体どれぐらい遅いんだ?どれ見せてみんかいぐらぁ!なんじゃなんじゃそれしきのことで!ワシらが味わってきた究極的な遅さに比べればまだまだ革命的に早いんじゃいぼけぇ!

──と言いたいところだが、うーむ。確かに遅いと言えば遅い。そりゃそうだ、MacOS10.3.8のころの鏡餅型のMacだもの、言えば遅いに決まってる。うーむ、しかし・・・このフトコロ具合を鑑みて一体どうすりゃいいのか、悩みは不快。ああまったく気分が悪い。

しかも、足くんのMacはOS9が使えるという利点があった。そのおかげで古いアプリケーションが使えたのである。仮にMacを新しくしたらアプリケーションまで新しくしなければなランの香。ああいい香り。

と、そこへ救世主岡もっち。

それなら、僕の古いMac使ってくれれば、iMacよりずっと早逸すよ

逸したくはない。ふむ。

あるいは、いっそWindowsだったらちょうど使えるアプリケーションもあるから、そっちもアリですよ。

ふむ。アリのように働かねばならぬと言うわけか。まあ働くのは足くんだからよしとして、WindowsとiMacと両方購入なんて事になれば、おいおいここに及んでその出費は体を切り刻むように痛い。

結果、悩みに悩んだ数時間。むざむざグレゴールザムザのごとく変身を繰り返し、たどり着いた結果。

やっぱりiMac買っちゃえ。

もはややけっぱち。

買っても買わなくてもどうせ金はないんだ!

但し、足くんはいままでワシが使っていた古いのである。

当然だ。仕事が出来ないヤツが高性能のほうを使ってたまるか。Windowsはこの際買わないで億。億もかかっては挟んである。挟むのか。破産である。

というわけで、善も悪も急げ時は師走だ猶予がない。

注文しちゃったのである。明日にはそのiMacが届くのである。

よかったよかった。足には今までの倍働いてもらわねばなランのである。おっと仕事がないぞ!

──それはさておき。

一体、前回iMacを買って一年半ぐらい。その間にどれだけOSが変わったのか。知らないうちに、ちょっと古いアプリケーションはあっという間にサポート対象外、動作保証無し。

おいおい、頭がよくなったって言うのに、頭がいいだけで、他に取り柄のないバカを買っちゃったのかワシ?バカをバカじゃなくするのには、またン十万円もかかるのか?いや、このご時世ン十万ならまだマシで、軽く百万単位で罹ったりするから恐ろしいのが金欠病である。

うむぅ。だいたい、大きい声じゃ言えないが、ちょっと前までは違法コピーなんて言うのは公然と行われていて、安価な違法商品やら、お友達から譲り受けた何やらとか、そう言ったものがユーザー間を行き来していたものである。なのに、このところインストールに際してはやたらと縛りがきつかったりする。

ええええ、それが著作権ってヤツでしょう、解って増すとも。益々解って増すとも。悪いのはそう言う権利を踏みにじってちゃんとした対価を払おうとしないアタクシたちでございます。言わずもがなでございますよ。只でもらおうなんて浅ましい根性がそもそも間違ってるんですよ。

では正規ユーザーになってしまえばすべて解決かというと、そうでもない。正規ユーザーになっても、バージョンアップごとにアップデートしていかないといけない。実際アップデートだけならアップデート料金だけで新しいバージョンに出来るのだが、しかしそれも三代前までで、それより古いバージョンからのアップデートは製品をまるごと買わないとイケナイことになっている、ようするに「振り出しに戻る」というわけだ。

つまり、

一定期間ごとに自動的にお金をメーカーに納めていかないと、あなたのアプリケーションは使えなくなってまた沢山お金を払わないといけなくなりますよ~

そういう一種の脅しである。どこのメーカーとは言わないが、それがいわば「サービス」面して行われているのである。サービスというのは、顧客に向けてされるものではなく「企業の利益をより多くするもの」なのである。そしてその利益は株主様に還元される。

しかし、このまま行くと、ワシら金策に乏しい個人事業主っつぅのは、益々新しい設備を投入しづらくなってゆくではないか。

しかも、

じゃあ中古でいいから安いのを探そう

──と思っても、そういうシリアル付きのちゃんとした中古ソフトは全然売っていないのである。なんでアプリケーションは中古がないのか。そういう事をしては遺憾という法律になっておるのか?

なんとか打開しなければならんのである。

おそらく事態は益々アンダーグラウンドへと進むのである。

ま、今日はこの辺で。別に明日に続かないけど。

味覚のバイオレンス

大げさなことはいう巻いてクルクル。

どうでもいいことですがね、昨日貧しい昼飯を食っておりました。

安い安いパンです。一個98円。でも焼きたての。表面にチーズが乗っていて、ちらほらとハムか何かも見え隠れ。

むまそうじゃないですか、ねぇ。

購入して、お茶を片手にバクッとほおばると、ああ、またこの味ですか。

マヨネーズ。

左様であります。このマヨネーズ、どこに行ってもつきまとう便利調味料なのか、コンビニでパンを買おうと思っても、百円ショップでパンを買おうと思っても、いつもいつもマヨネーズ。

ここはマヨネーズ帝国なのか?こんなにマヨネーズばかりの味付けで、ワシらは味覚を誤魔化されておらぬか?

──というわけで、調べてみました。マヨネーズの消費量。

驚きますね。日本のマヨネーズ消費量は、一人当たりに換算して、年間1.8キロだそうです。もちろん距離じゃないですよ。重さです。あの油の塊を1.8キロも年間体にくっつけて、少しずつ吸い出していると考えると、ああ気持ち悪い。ちなみにこれで、世界第二位だそうですな。栄えあるマヨネーズ消費世界第一位は、いうまでもありません。

アメリカ合衆国。

USA!Number 1!エイドリアーン!!(シルベスタスタスタスタスタスタローン)

肥満大国であります。しかし味覚については最低といわれるかの国に次ぐ消費量というのだから驚きますな。

にしても、どうしてこんなに日本でマヨネーズが消費されるようになったんでしょうなぁ。この消費量というのは、工業生産物がベースだろうから、猛烈な大量生産物を、猛烈な勢いで吸収していく体臭くさっ、大衆の存在があるって事ですな。

日本人もメタボだ何だ、なんて妙な方向にドライブかけられる前に、普段の食事を見直せっつぅことのようで。

ちなみに、ワタクシが覗いたHPでは、かの新興野蛮大国では、マヨネーズの消費量はまだまだだそうで、一人当たり年間80グラム、だそうです。

http://www.nsjournal.jp/news/news_detail.php?id=225204

ちなみにここでは日本人一人当たり1.6キロとなっていますね。その誤差よりも少ない消費量。

要するに、ここにやっぱり巨大市場があるって事で、野蛮大国総肥満化計画があるって事ですな。まあお国の事情もあるので、そこで商売が出来るかどうかが問題でしょうが、賄賂、買収、ゴマすり、土下座、その他諸々、手はあるでしょう。

ところで、マヨネーズの味には、毎度おなじみの調味料が加わっておりますな。おかげで尚更その味にうんざりしたりもするものです。でも逆に、もの凄く欲しくなったりする、一種の「禁断症状」まで現れたりするのが怖い物質。

左様。

グルタミン酸ナトリウム

でありますな。アミノ酸島、というあの島の特産物。平たくいえば「味の素」ですな。これを入れちゃうと何でも同じ味になっちゃう。微妙な出汁の味わいも何もあったモンじゃありませんな。一律的味覚の暴力世界。ワタクシはこれを

「味覚の帝国主義」

なんて呼んでみたりしたものですがおーい、しかし何ですな、この「うまみ調味料」っつぅのは日本人が発見したものだそうですが、これほど世界中の味覚に影響を与えている物質もないでしょうなぁ。特に中華圏。かの国の人々は、そのことをどう思っておられるんでしょうかなぁ?いつぞやなんぞは、横浜在住のお婆さんが、味の素を入れない、いわゆる「無化調」の中華料理を教えにはるばるかの国を訪れている、なんて特集がテレビでやっていましたが、かの国の人々なんぞは、

「なぜ、化学調味料をいれないですか?」

「入れた方が絶対おいしいです」

と、すっかり変えられてしまった自分たちの「伝統」、「味覚」を自慢げにひけらかす始末。まあえてして、こういうものですかな。私らだって、浮世絵を芸術として「発見」したのは、西洋人のおかげだったわけだから。外からの方がよく見えるってモンです。

しかし、そのグルタミン酸ナトリウム、おいしいからといって大量摂取しては危険というお話しもあるようですな。

http://ja.wikipedia.org/wiki/グルタミン酸ナトリウム

それこそ、このWikipediaによると、1968年に中華料理を食べた人が、体に異常を来したという、文字通り「中華料理症候群」なんてのもあったそうで、その食品としての安全性については、未だに疑問を呈する方々もおられるとか。そうはいっても避けられないのが「アミノ酸島」なんですがね。スーパーで食品を手にすれば、ほぼ確実に入ってるわけで。

中にはこんな風に書かれる方もおられます。

http://www.asyura2.com/syokuhin.htm

「世界の味覚を侵す“白いインベーダー”」だそうです。この方の記事に依れば、グルタミン酸ナトリウム(MSG)は、脳生理学の分野では「神経興奮物質(ニューロ・トクシン)」なんて呼ばれてるんだそうですな。要するに、神経毒って事ですか。そんな興奮作用がある物質を、大量摂取したら、やたらとあちこちでトラブルを起こしそうな気もします。

ああ、それでか。かの新興経済大国の、この間の理解を超えた異常な興奮状態、これはまさにこの物質の過剰摂取が原因だったのだ──なんて「得心」したりして。

いやいや、そんなこと言ったら、今度は、そんな危険な物質を売りつけて、精神も伝統も台無しにした、なんて賠償請求されそうですな。誠にお後がよろしくないようで。

朝日に思う

早起きしたわけじゃないけんど。

昨日のツイッターで茂木健一郎氏が、昨日の朝日新聞一面の報道を「スクープ」として褒め称えていたのが目に止まった。なんと言っていたかは忘れてしまったが、何を褒めていたかというと、例の村木厚子氏のえん罪に関して、取り調べの検事が証拠を捏造していたという一件の報道。

詳しいことは全紙を見ていないのでわからないけれども、どうやら朝日だけが一面報道したということか。いかにも痛快。朝日偉いぞ!

しかし夕方にいたってその痛快さは、やや趣を異にしてくる。

問題の検事があっさり逮捕されたのである。しかもデブ禿。

いやいや容姿のことは言う巻いてクルクル。パリッとしたスーツで、カネもってそうなエリート具合。馬らや思惟。馬思うゆえに馬有り。

このタイミング。

別な人のツイートで、実は朝日がその事実を前々から知っていて、隠していたんではないかという指摘もあった。うむ、いかにもありそうな話ではある。何しろ、新聞、テレビ、皆々そろって権力べったりの存在なのだ。知っていても検察に不都合なことは敢えて報道しない。安全圏にいたって初めて報道する。あるいは、タイミングを揃えていかにも報道が機能しているように見せかける。

この辺りのやり口は、もはや素人でも怪しく見えるぐらいに常套化しているし、それだけ見え透いたものになりつつある。彼ら既得権益者、官僚組織や巨大メディアにとって都合の悪いことが怒ればコラー(●`ε´●)それに合わせて別の報道で誤魔化す。

今回の「スクープ」もまた、胡散臭いことこの上ない。

noriaky氏がツイートしたとおり、村木氏にしても、当初は「いかにも怪しい」といった顔ばかりが報道され、えん罪が明らかになってくると、いかにも人のよさげな顔ばかりになる。

新聞なんてそういう、簡単に掌を返す無責任な報道機関だと思って見てみると、今回の前田健二の逮捕にしても同じ匂いがしてくる。写真を見ても、いかにもプライドの高い嫌みなエリート臭さえするし、彼は、ほぼ間違いなく、トカゲの尻尾切りににされ、悪人に仕立て上げられ、テレビ、新聞は楽しげにお祭り騒ぎをして、一部の悪い奴が懲らしめられてああ良かった、という事にするに違いない。

しかし、これもまた各所で指摘されているとおり、腐っているのは組織の方である。

以前、検察の裏金疑惑について告発しようとした元検察官が、告発のためにテレビに出演する、その当日に贈収賄の嫌疑によって逮捕されたという事件があった。要するに口封じである。しかも誰が見てもわかるぐらい、あからさまな。なのに、そのときも裏金疑惑について、ちゃんと報道した新聞・テレビは皆無で、その告発者はすっかり汚職検察官に仕立て上げられてしまった。そういう組織が権勢を振るう社会は、一般庶民にとって非常に怖いものである。

とりとめもない話だが、ともかくは、前田健二君あるいは元健二君の報道に注目しておきたい。そこで報道されないことは何なのか。「スクープ」に目を奪われて、彼だけが悪者にされるなら、毎度同じスペクタクルの繰り返しである。何も変わらない。
プロフィール

respirateur

Author:respirateur
グゥ。。。

熊時計
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
twitter
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。